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東雲 誠(しののめ まこと)が贈る世界事情

このブログは自己啓発本やビジネス本などから得た知識を紹介するブログです。

ユダヤ人の考え方 〜天才と呼ばれるには...〜 その1

こんばんわ、東雲  誠(しののめ  まこと)とです。

 

今回は【発想】についてお話ししていきたいと思います。

 

次の問題を私と一緒に考えていきましょう。

 [リンゴの木からリンゴが落ちた。この状況を見て、貴方は何を思うでしょうか?]

 

 

 リンゴが木から落ちるのを見て、「なぜリンゴは落ちるのか?」と考えたのはニュートン(イギリス人)です。これは、有名な万有引力の法則ですよね。

 

それで、東雲 誠が思っていたのは「リンゴが木から落ちるのを見て、ニュートン万有引力を発見した。」つまり、ニュートンは「リンゴに働く重力を発見したのだ!と思ってしまったのが間違いだったんですよね。

 

ニュートンが発見したのは、

「リンゴに対して働いている力が、

月や惑星に対しても働いているのではないか」

と、思ったそうです。

 

あぁ、そ~なのか~(*´ω`*)と、

誤解が解けました、東雲 誠です。

 

話を戻しますが、

「なぜリンゴは落ちるのか?」と考えたのはイギリス人、

リンゴが木から落ちるのを見て秋の寂しさを感じ、命のはかなさを思うのは日本人です。

 

では、ユダヤ人はどう考えるでしょうか?

ユダヤ人は「なぜリンゴは天空に吸い上げられずに地球の方に動くのか?」と発想を逆転することでしょう。

 

もうひとつ例を挙げるとすれば、

太陽が東から昇り西へ沈んでいくのを見て、

「太陽が天空を動いて見えるのはなぜか?」と考えるのは

コペルニクス的思想。

 

話を脱線してしまうのは、申し訳ないのですが、

コペルニクスとは当時主流だった地球中心説(天動説)を覆す

太陽中心説(地動説)を唱えた有名な人物です。

 

戻しますが、

ユダヤ人なら、コペルニクス的思想とは違い、

「太陽と地球の動きは銀河系からはどう見えるのか?」と

考えるでしょう。

 

ユダヤ人は、つねに人とは違う角度や立場から物事を見ています。

その意味では、日本人も「多面的に物事を考えなくてはいけない」

といいますが、

日本人の「多面的」な見方と、ユダヤ人の物の見方は根本的に違うのでしょう。

 

どこが違うか、皆さんは分かるでしょうか?

 

もっと、詳しく知りたい方は、

次の記事も、ぜひとも見てください。

宣伝、宣伝( -∀・) 

ではなく、これ以上は物凄い長文になりかねないので( ̄▽ ̄;)

 

 

今回はここまで、お疲れさまでした。

 

執筆・投稿 2016年4月29日 東雲 誠

思考力 ~ノアの方舟~

こんにちわ、東雲 誠(しののめ まこと)と申します。

 

皆さん、ノアの方舟をご存知ですか?

旧約聖書の物語の1つです。

 

 神が怒ってこの地上に大洪水を起こされたとき、

ノアの方舟にだけは男と女、そして動物はオスとメス、

ひとつがいずつを乗せられた。

 最後に「善」が方舟に乗ろうとしてやってきたが、

神は「カップルでしか乗せない」といわれ「善」の乗船は拒否された。

 そこで「善」はもうひとりの「善」を連れてきたが、

神は「善と善はカップルではない」といわれ、

再び拒否された。

 やむなく「善」は、大嫌いな「悪」と手をつないでやってきたところ、

神は「よし」と乗船を許した。

 

問題です。

神は「善」と「悪」の関係はどうあるものだと教えていると考えるか。

 

実はというと、ノアの方舟に乗船できたのは、

男と女やオスとメスの動物の他に、

楽と苦、薬と毒、福と禍、富と貧というカップルも乗船しています。

 矛盾するふたつが別々に存在するのではなく、

常に一緒にいるという世界の様子が表現されている。

 ここで重要なのは、善が悪と手をつないでやってきたことである。

 

私の考えでは、

善と悪は手をつないだ状態で存在している。

表裏一体の密接な関係にあるということです。

 

人間も同じ事なのでしょう。

善人、悪人といった別々に考えるのではなく、

両方の顔を持っていると考えるべきではないのでしょうか?

 

皆さんはどう考えますか?

 

今回はここまでです。

 

2016年4月24日   東雲 誠